メッセージ

あなたの感じる喪失感、悲しさ、不安な気持ちは、あなた自身が突然いなくなってしまったとき、あなたの大切なひとも同じように感じるのです。
家族の存在は大切です。そして、あなたの存在も家族にとって大切です。
いそがしく毎日を過ごしていると、自分が元気なのが当たり前に感じるものです。
もし、子どもの突然の死という経験がなければ、いのちについて今ほど深く考えることはなかったと思います。
1999年のクリスマスの日の翌朝、
生まれて2ヵ月の娘とわたしたち夫婦は、救急病院へ向かう救急車の中にいました。
「なし、なし、なし、です。」救急隊員が無線にむかって病院に報告しています。
見つけたときの娘の様子から最悪のことを考えていたわたしには、良い意味ではないことがわかりました。
早朝の救命病棟に運びこまれた娘の呼吸は、すでに停止しています。
救命処置により心臓だけは機械的に動き始めました。
今は人工呼吸器をつけられ、医療器械にかこまれた大きなベットのうえに小さく寝かされています。
回復の見込みのない集中治療室から出されたわたしたちは、ひと気のない病院の廊下に立ち尽くしていました。
ふたりとも救急車に乗り込んだときのままのパジャマ姿です。
妻の足元をふと見ると、裸足のまま・・・
でも、妻にかける言葉は何も思いつきません。
ただ病院の廊下にある黒い皮のソファで、2時間ほど二人で寄り添うように座っていました。
廊下の角にある公衆電話が目にはいります。
孫の誕生を数ヶ月前に喜んでくれた田舎の両親の顔が浮かびました。
いったい、どう電話で説明すればいいのか。
「差し上げますからどうぞ使ってください。」
しばらく公衆電話を見つめていると、テレフォンカードを見せながら担当の女医さんが声をかけてくれました。
電話に出た母に、何と言って説明したのかは覚えていません。
ただ、「大変だね、つらいだろう」という母の一言で、緊張の糸が一瞬切れて言葉につまったことは覚えています。
受話器を電話機に置き、座っていたソファの方をみると、妻は座ったまま寝ています。
わたしは、エレベータへ向かう廊下を曲り、ひと気のないホールに移動しました。
足がもつれ、倒れ込むようにホールの壁に両手をつくと、ヒザからガクッと力がぬけていきます。
目の前の白い病院の床が、ぼやけて見えました。
しばらくそうしていると、後ろの方に人の気配を感じます。
ソファで寝ていたはずの妻が、裸足のまま立っていました。
「だいじょうぶ?」、妻はわたしの体を支えようとしてくれました。
この経験を文章にするべきか悩みました。しかし、多くの方は健康に生活されていて、
万一のことをイメージするのはむずかしいと思うのです。
わたしが保険選びのアドバイスにかかわっているのも、この出来事は無関係ではないと思います。保険はいのちと深い関係があるからです。
現在のわたしは、二人の娘に恵まれ、子どもと過ごす時間をたのしんでいます。
そして、時々思います。
彼女が生きていたら、二人の娘と同じような経験ができたはずだろと。
同じように、もしわたしに万一のことがあったなら、家族も同じような想いを抱くと思います。だから、この一瞬一瞬は大切です。
保険金が家族に支払われても、お金のできることには限界があります。
しかしながら、無駄なことだとは思いません。
あなたが元気だったらしてあげられることのいくつかは、経済的な支えで実現させることができます。そう考えると保険を考えることは、愛情表現のひとつとも言えます。
だからこそ、保険はセールスマンにすすめられて加入するのではなく、しっかりとあなた自身の目で確かめて、あなた自身で判断して選ぶべきだと思うのです。
人まかせではなく生きているのは、毎日が充実するものです。
それには、何事も「学ぶ」というちょっとした努力は必要ですね。
わたしのできることは、デザイナーの経験を活かして、あなたがストレスなく保険を学ぶお手伝いをすることです。

このサイトは、あなたが保険の知識を身につけて、ご自身で保険選びができることを主旨に、情報提供をしております。
吉成秀人





